I feel gloomy


夜が明けても彼は起きて来なかった。最も、起床時間に起きて来る方が彼の場合異常なのだが。

「エース、飯の時間だぞ」
ほとんど鍵を掛ける事が無い、船内の彼の部屋に朝サッチが訪れ飯を餌に起こすのがもう日課である。
「んー…っ」

今日もまだ暑い夏の気候。
上半身の衣服を脱ぎ捨て誇りを露にした背中を丸め唸り声を上げる。
あれから部屋に帰って全てを忘れてしまおうと部屋へ着くなりベッドへ潜ってみるも、静かになれば自分の心臓が響き、目を閉じれば瞼にマルコの顔が浮かび、普段はなによりも眠りを優先する彼が睡眠さえ妨害する程その、恋というものに悩んでしまっていたのだ。
瞼に映るならと目を開けて眠る事は、寝る欲望には人一倍長けている彼には容易い事だったが心臓の響きを抑える為に音を立てながら眠りに就くことはさすがの彼でも無理であった。結局彼が眠りに就けたのはたった2、3時間。
サッチに2度目の目覚ましを貰い上体を起こしても虚ろな目は焦点を合わせられず、マルコを支えに立ち上がり小さく「おはよう」と挨拶を交わした後に、いつも通り「飯」と続く言葉の元気は通常より半減だ。

「敵襲来たらどうすんだよ、お前は…」
「大丈夫、もう起きる…。…ハイ、起きた!飯だろ?行こうぜ」
自ら両手で両頬を叩き目を覚まさせると、飯の時間はやはり楽しいようで擦れた声の中でも明るさが見え隠れする。
「マルコに相談乗ってもらったんじゃないのか?」
「んー、まあ…」
「まぁいいけどさ、お前が元気ねえと心配するんだわ。どうやらこの船に乗ってる家族は皆お前が好きらしい」
後ろからエースの肩へ腕を回し、そばかすの頬をもう逆の手で引っ張りつねる。その攻撃には半覚醒状態だった頭も痛みに押されてすっかり晴れ、笑いの混じった痛み声と共にサッチの腕へタップをかます。
そうしながらの食堂への道中、家族の笑い声も聞こえてくる。
ああ、ココに入った時から自分はもう一人じゃないんだな…。

食堂へ着くといつもは飄々と何を考えているか分からない表情を浮かべている事が多いマルコが、今朝は眼鏡を掛け、眉間にきつい皺を寄せて食事中も書類を手放せない様子に目を通している。
「おーマルコ、仕事熱心だねえ」
その姿を見つけたサッチが興味深そうにマルコの肩に手を乗せながら覗き込む。
「書類が溜まってんだよい。あんまり寝てないんだ。邪魔すんなよい」
いつもなら一緒に食い付いてくるエースが居ない。……食堂窓口か。
視線を自然にサッチから横へ滑らせ、自分の飯を今か今かと待つエースの背を見つけ一つ安堵の息を吐く。

マルコもまた、普段は自室のベッドとあればものの数分で深い眠りに就けるのだが昨夜ばかりはそう易々と眠らせてくれず。こちらもこちらとて、エースを想って眠れない夜を過ごしてしまった。
「ポーカーフェイスのマルコもすっかり分かり易くなっちまって」
気付けば自分の飯を用意して隣に座っていたサッチが唐突にもそう言い出す。
「なんの話だよい」
「ま、こっちの話だよ」
お気に入りのカレーを面前に置いたサッチはスプーンで一度、マルコを指すような仕草を見せニマッと厭らしく口角を上げると、視線をカレーに戻し朝食を摂った。
人の賑やかさに安心したのか、サッチ達の一つ先のテーブルでエースは食事の途中で皿に顔を突っ伏せ、片手にフォークを持ったまま眠ってしまっている。
それもまた見慣れた光景だ。
「可愛いよなあ、末っ子は。なあ、マルコ」
「ああ、そうだな」
カチャカチャとサッチの食器と食器とがぶつかる音と、少し離れたところでの笑い話が二人の間を抜ける。暫しの沈黙の後、マルコは平らげた皿と目を通していた書類を両手に持って、食器を戻すと寝ているエースを横目に先に自室へ帰った。


エースが他の隊長に起こされるのはそれから更に3時間後。
「起きたか」
「あ?ああ…また寝てたのか、オレ」
「お前は本当にどこででも寝る奴だな」
顔についた食事を布巾で拭き落とし、大きく上に伸びてから肌にじめつく感覚が気付けばなくなっている事に気付く。
「あれ?涼しくなったか?」
「ああ、冬島に近付いてる。じきに寒くなるからエースも防寒対策しろよ」
「サンキュー」
昨日寝れなかった分、時間的には大差無いが寝た事によって随分頭がスッキリとした。

名を聞くだけで高鳴る心臓。触れられるだけで熱くなる肌。
彼の事を考えるだけで凍えるような寒さも乗り切れてしまうそうになる、炎より熱い芯。
今、顔を見たい。今、話したい。
甲板に出れば昨日までの暑さは嘘かのように、上半身を曝け出している肌を冷たい風が撫でる。
肌を一度擦り、手を燃やして身体の温もりを取り戻すと彼の部屋へと走った。


もう逃げねえから。
話がしたい。



-*TO BE CONTINUE*-